2011年5月27日金曜日

311原発事故を引き起こした地震や津波は天災ではないのか?

311地震と福島第一原子力発電所事故で甚大な被害を多くの方が被りました。地震と津波で2万人以上の多数の方が命を奪われ、十万人以上の被災者がすむところを失いました。福島第一原子力発電所事故では、稼働中の3台と、点検中の1台が炉心、使用済燃料の冷却が失敗し、爆発を起し大量の放射性物質が海洋を含む近隣の環境に放出されました。

この間、津波被害については、想定外に大きな津波だったのでしかたがないと、通常の天災と同様に諦める人が多いようです。一方、原発事故に関しては、2ヶ月半たっても未だに安定した冷却ができていないこともあって、東電、経産省、内閣の人災だという論調がずっと続いています。

私には言いたいことはたくさんあるのですが、MLなどでもまともな議論になりません。戦争が始まったり、降伏したりした、国境紛争がおきたりしたときに、一斉に雪崩をうって(声の大きな方に)世論が流れていく集団ヒステリー状態だと思います。

311の地震が天災でなかったらどこに天災があるのでしょうか。M9地震は今世紀に世界で4回目だからこの程度の地震は想定しておけ、という人がいますが、100年に1回の大雨で何百人何千人という人が亡くなる規模の土砂崩れや水害が毎年日本、世界のどこかで必ず起きていますが、それらを天災と言わない人はいません。311の地震、津波にしても原発以外の被災企業等で、工場が流失して製品の納期が間に合わなくなったという場合に、天災等の免責が規定された契約であれば、損売賠償請求をされることはないでしょう。

このような天変地異で起きた事故は免責になるのが当然です。たとえ原発事故でも。元々、一私企業の東京電力が自己判断のみで原子力発電を進めてきたわけではなく、国と二人三脚で進めてきたものです。法律で定めた賠償保険の範囲1200億円を超えた補償は国が責任をもつべきです。東電が悪いからリストラしろ、つぶせ、電力料金をあげさせるな、と口を極めて罵るだけでは何もなりません。

東電に事故の責任を押し付けることは、電力会社の国に対する不信を決定的にします。原子力発電をすぐにやめることになれば、コストは急上昇しますね。原発事故があれば、原因は別として結果責任を追求されることで、賠償保険が意味を持たなくなり電力会社は潰れることになれば、国の原子力政策というものに従う電力会社はなくなるでしょう。何年化後に廃炉にする「脱原発」ですらもできなくなります。投資家は電力会社の株を売り、社債も暴落することになるので、電力会社は原子力発電を止めるしかなくなります。

原発はやめて、これからは再生可能エネルギーでいけばいいといった「意見」が新聞の投書欄にやたらと出ますが、怪しい専門家の怪しい見積りに乗っかった夢でしかありません。これまでの何倍も高い電力料金、産業の空洞化、大量失業といった日本経済の凋落の中で、自分や家族、地域、産業が一緒に落ち込んでいくという覚悟を持っていいっていただきたい。

世論がそうならば、そのようになってしまうのは民主国家を標榜する国にいる以上しかたがないのですが、将来に禍根を残すことになるのは明らかです。