2009年5月21日木曜日

カント「永遠平和のために/啓蒙とは何か」

光文社古典新訳文庫が話題になっていますね。最近あまり読まれなくなった「カラマーゾフの兄弟」がこの新訳で売れたとかで有名になりました。

残る短い人生であとどのくらい本が読めるかと考えると、あまり馬鹿な本ばかり読んでいても何かむなしいという気分になることもあります。やっぱり風雪に耐えてきた古典でしょう、となりますが、古典は概して読みにくいので、積ん読になりがちです。この新訳文庫に何かあるかなと本屋で手にしたのがカントのこの本です。

啓蒙君主のフリードリヒ統治下のプロシアで働いていたカントは、キリスト教、王制の中で人間に関して思索を巡らせたわけです。岩波文庫の「~批判」等は手にとって何文字か読んだだけであきらめてしまい、カントがどのようなスタンスで人間、社会、歴史を見ていたか見当がつかなかったのですが、この本は新訳ということで多少はわかりやすくなっています。

まだ、ほんの途中での感想ですが、カントはキリスト教には全くとらわれないで自然と人間、人間と社会の考察をしています。ただし、キリスト教の枠組みや概念を利用して表現しています。人間の歴史を思弁的に考察した「人類の歴史の憶測的な起源」は、人と社会の本来の特性から歴史が生まれ、歴史の流れは何らかの法則に従っているという、エンゲルスが書いてもおかしくない無神論的な議論をしているのですが、それを、アダムとイブとか、楽園とか、神の命令とかの言葉を使って、人の自然的な特性とか、自然の枠組みとかを表現して議論を進めています。言葉は時代にとらわれていますが、論旨、論理は現代に通じるものです。やはり古典ですね。

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